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津軽情っ張り大太鼓の由来

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 津軽三代藩主信義公は負けず嫌いの反骨大名で数々の有名情っ張り談があるが、
その中に津軽の大太鼓のエピソードがある。

 或る年江戸城年賀の式に登城し殿中諸侯控の間で談たまたま加賀百万石城内の
六尺大太鼓は恐らく日本一だろうと云うのを聞いて、信義公セセラ笑い津軽ではその
程度のものは、初午に小児が打ち鳴らして遊ぶ玩具の類で物の数ではない。城内では
櫓太鼓十尺に余るものを用い居ると大法螺を吹いたので、諸侯も黙って居ず雪どけを
待って検使を下向けさせて実否を確かめることとなった。

 信義公も少々吹き過ぎたと思ったがそこは情っ張り殿様のこと、武士の一言金鉄の
如しと言うので国表弘前へ早馬を以って十尺に余る大太鼓を早々に作り櫓に備えよ
との達しに重臣達もびっくりしたが、名臣服部長門守康成の才覚によって見事に
完成し内側には無数の金の薄板を張り、これを打てばその響き遠く新田地方にまで
及んだという。

 のち検使の面々もこの大太鼓を見て、唖然として言葉もなく帰ったという。

 四代藩主信政公が、本所二ツ目の上屋敷に運び、非常に備えたがその響き隅田川
を越え江戸八百八町に轟き渡ったので、津軽の大太鼓とはやされ江戸名物の一つと
なった。

という伝説に基づいて、昭和45年4月に復元された大太鼓です。

 我々津軽情っ張り大太鼓保存後援会は毎年8月の弘前ねぷた祭、大晦日の除夜太鼓
等を中心に活動中です。



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# by tsugaru-joppari | 2019-12-31 23:59 | TOP